陶磁器工房について。1

 

 陶磁器工房を設立して生徒を訓練しようというグロピウスの計画は、当初、組織的にも経済的にも非常に困難な状況でした。まず、最初に工房をワイマールに設立しようとして挫折してしまいます。やがて1920年になって、マックス・クレーハンという製陶マイスターとの繋がりができました。彼はまれに見る開けた考えを持っている職人で、30キロばかりはなれたドルンブルクに工房を持っており、バウハウスと協力してやってくれることになったのです。そして、5人の学生がまず2年間そこで作業することになりました。彼らはその地に建つ古城の厩舎を宿舎にして、庭地も1区画つかわせてもらえることになりました。1920年9月20日のマイスター評議会事録には、当時の事をこう記しています「ドルンブルクの状況は見たところ前途多難である。寄宿舎のような性格は、よくバウハウスの考えにかなっている。問題があるとすれば、まえもって予防策を講じないと、この工房と中央との関係が切れてしまいかねない」。